ハイセイコーの“都落ち”

1973年3月4日、ハイセイコーが中央競馬に颯爽とデビューしました。

この日、南海上の移動性高気圧におおわれて午前中は晴れていましたが、日本海と九州の南海上に低気圧が進んできたため、午後からくもってきました。しかし、気温は平年並みで、競馬観戦にはまずまず。

こんな陽気も手伝って、第10回弥生賞が行われる中山競馬場には、ハイセイコーをひと目見ようと前年の有馬記念より多い12万人を超える大観衆が詰めかけました。スタンドには観客が溢れ、金網を越えて観客が芝コースにこぼれ落ちたという伝説は本当にあったことで、映像にも残っています。

--------------------------------------------------------------------
1973年 3月 4日(日) 1回中山4日 天候: 曇  馬場状態: 良
10R 第10回報知杯弥生賞
4歳・オープン 芝 1800m  10頭立
--------------------------------------------------------------------
着枠 馬 馬名        性齢 騎手   斤量 タイム 人   廐舎
--------------------------------------------------------------------
1 6 6 ハイセイコー    牡 4 増沢末夫 55 1.50.9 1 鈴木勝太郎
2 5 5 ニューサント    牡 4 伊藤正徳 55 1 3/4  6 尾形藤吉
3 4 4 キクカギョクリュウ 牡 4 東信二  55 1 1/2 10 境勝太郎
4 8 9 カミノテシオ    牡 4 加賀武見 55 アタマ 3 高橋英夫
5 1 1 ベルロイヤル    牡 4 矢野照正 55 1 3/4  8 阿部正太郎
6 2 2 タケデンパワー   牡 4 岡部幸雄 55 クビ  7 稲葉秀男
7 3 3 タケホープ     牡 4 嶋田功  55 2    4 稲葉幸夫
8 7 7 ナスノオーカン   牡 4 田村正光 55 3/4   9 稲葉幸夫
9 8 10 クリアスカ     牡 4 郷原洋行 55 9    5 吉野勇
10 7 8 ユウシオ      牡 4 横田吉光 55 2 1/2  2 菊池一雄
--------------------------------------------------------------------
LAP :13.0-11.9-11.6-11.9-11.3-12.4-12.9-12.9-13.0
単勝 6 \110  複勝 6 \130 / 5 \290 / 4 \340
枠連  5-6 \760 (4)
--------------------------------------------------------------------

ところで、“地方から中央入り”などといわれたハイセイコーですが、所属していたのは大井競馬です。大井競馬場はご存知のように東京都心のど真ん中(からはちょっとハズレてはいますが)にあり、都下にある東京競馬場や千葉県にある中山競馬場などよりはるかに都会です。これでは“中央入り”というより“都落ち”が正しいでしょう(笑)

ついでに、ハイセイコーが引退するとき「さらばハイセイコー」というレコードが出たことはよく知られていますが、しばらくして「ハイセイコーよ元気かい」というレコードが出たことを知る人は少ないでしょう。作詞は寺山修司なのですが……。

どうでもいいですが、私はこの人の詩や文章が好きじゃないです。あのなんともいえないひねくれた暗さに拒否反応が起こります。

さらにそれから4年後、「いななけカツラノハイセイコ」というレコードが出たことを知る人は、いまや絶滅寸前のレッドデータ的存在。「♪父よ見てくれ この脚を……」などと今でも歌える私は人間国宝級(爆) 残念ながらどこのカラオケにもない……。

カツラノハイセイコについてはいずれこのブログでも語る機会があるでしょう。

おまけ。「いななけカツラノハイセイコ」について言えば、カツラノハイセイコとは何の関係もない増沢末夫が歌っていたのが謎だったりします。

このブログの人気の投稿

「どこかにマイルのハズレ枠」が最高だった件〜温泉に入らない松山旅行のすゝめ〜

江戸の桜田 雪が降る (1860年)

VポイントPay

どこかにビューーン!で近場を引き当てた思い出 (2025年)

北信濃絶唱 ~昭和のうた~