15年前の今日、暗闇を照らしたメイダンの奇跡 (2011年)
今日、2026年3月26日で、あの夜からちょうど15年が経ちました。
「メイダンの奇跡」のお話です。
2011年3月11日。未曾有の被害をもたらした東北地方太平洋沖地震から、わずか2週間ほどしかたっていない時期でした。当時の日本は深い悲しみと混乱の中にあり、スポーツやエンターテインメントを楽しむ空気はまったくと言っていいほどありませんでした。競馬界も例外ではなく、多くのレースが中止や延期を余儀なくされ、日本全体が下を向いていた日々です。
そんな重苦しい雰囲気の中、アラブ首長国連邦のドバイ、メイダン競馬場で行われたのがドバイワールドカップ(G1)です。
世界最高峰の競走として知られるこの大舞台。1996年の創設以来、多くの日本の名馬たちが挑戦しては厚い壁に跳ね返されてきました。優勝争いはおもに海外の強豪馬たちによって繰り広げられ、それまで日本の馬が勝ったことは、ただの一度もなかったのです。
この年、出走した日本馬はヴィクトワールピサ(M.デムーロ騎手)、トランセンド(藤田伸二騎手)、ブエナビスタ(R.ムーア騎手)の3頭。
スタートで、ヴィクトワールピサが痛恨の出遅れを喫します。1コーナーでは最後方の位置に。
レースはトランセンドが逃げる形でスローペースになり、ヴィクトワールピサのデムーロ騎手はそれを利用して向正面でスルスルと進出、3コーナー手前で先頭のトランセンドの外まで上がってきます。
直線に入っても2頭の脚色は衰えません。後続の猛追をしのぎ切り、ヴィクトワールピサが1着、トランセンドが2着でゴール板を駆け抜けました。日本競馬史上初となるドバイワールドカップ制覇——しかもワンツーフィニッシュという、これ以上ない劇的な結末でした。
レース後、勝ったミルコ・デムーロ騎手は馬上から天を仰ぎ、大粒の涙を流しました。彼の腕には喪章である黒いテープが巻かれていました。「日本のみんなを愛している。この勝利が少しでも励みになってほしい」
当時は私も、眠い目をこすりながらテレビの画面越しに観戦していました。2頭がゴールに飛び込んだ瞬間は、今でもけっこう鮮明に思い出すことができます。