地下鉄サリン事件15分前の中央線 (1995年)
実際にはすでに発生していたかもしれませんが、地下鉄サリン事件の速報が伝えられる直前、私が乗っていた東京行き中央線快速電車(今はなき201系オレンジ電車)の車内で気分が悪くなった乗客が現れ、救護のためダイヤが遅れました。
日曜日と祝日に挟まれた月曜日だったこともあり、車内にはどこか冷ややかな雰囲気が漂っていました。
ちなみに、グモ(当時はまだなかったことば)が多発し魔の中央線とか呪われた中野駅とかよばれるようになるのはこの年の秋で、このときはまだ中央線もそれなりに平和でした。
地下鉄サリン事件のラジオでの第1報は
地下鉄丸ノ内線と日比谷線の車内で気分が悪くなった乗客が出たため、運転を見合わせている
というようなものでした。
中央線の車内での“事件”の直後であったため、「今日は気分が悪くなる人間が多いな。日曜日と祝日に挟まれた月曜日だし、誰も仕事になんて行きたくないんだろう……」程度にしか思っていませんでした。
地下鉄での“事件”が未曾有の大事件であるらしいことがわかるのは、もう少しあとのことです。
なお、中央線ではちょうど1か月後、国分寺ザリン事件が起こります。いずれこのブログでも触れるかもしれません。