やせたソクラテスより太った豚 (1964年)
1964年3月28日、東大の大河内一男学長が卒業式で「太った豚になるより、やせたソクラテスになれ」と訓辞した――とされています。
広くいわれていますが、実際にはこのような言葉は本番では一言も語らなかったそうです。一種の都市伝説でしょう。
とはいえ、まったくの捏造というわけではなく、事前にマスコミに配られた予定稿には確かに書かれていたそうです。しかし本番で学長がうっかり(あるいは意図的に?)その部分を読み飛ばしてしまったのです。ところが当時の新聞記者は誰ひとり実際の式辞の内容を確認せず、もらった原稿をそのまま記事にしてしまったため、「東大学長の名言」として世間に定着してしまったわけです。マスコミの裏取りの甘さは今も昔もけっこう変わらないものですね(笑) 夕刊への入稿の締め切りなどがあったのかもしれませんが。
さらにこの話にはオチがありまして、そもそもこの言葉は大河内学長のオリジナルではなく、原稿ではイギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミルの言葉として引用されていました。おもにミルの著書『功利主義』からの引用とされていますが、その原文を見てみると、
満足した豚であるより、不満足な人間であるほうがよい。満足した馬鹿であるより、不満足なソクラテスであるほうがよい。
とあり、「太った豚」や「やせたソクラテス」なんて言葉は出てきません。誰が翻訳したのかは知りませんが、けっこう大胆な意訳、というか改変が加わっているわけです。
ちなみに、ホンモノのソクラテスはデブだったという話があり、ヨースタイン・ゴルデル『ソフィーの世界』には「チビで、デブで、目つきが陰険で、鼻は上を向いていた」というふうに書かれています。
この一連のすれ違いは、2015年の東大教養学部の卒業式で当時の石井学部長が「権威ある言葉でも無批判に信じ込まず、一次情報を自分の目で確認せよ」と、批判的思考の重要性を説くネタとして取り上げたことで、とくに有名になりました。
それにしても豚に対して失礼な言い草ですね。太った豚は食料として役に立ちますが、やせた(本当はデブの)ソクラテスはへりくつをこねるだけで害にこそなれ、何の役にも立ちません(笑)
情報リテラシーだ批判的思考だと説教されるのもいいですが、まずは豚の尊厳について考えてみるべきではないでしょうか。