昭和を駆け抜けた名車、秩父路にて完結 (2014年)

2014年3月23日、秩父鉄道1000系が引退しました。

秩父鉄道は、埼玉県北部の羽生駅から熊谷駅を経て、大自然が広がる三峰口駅までを結ぶローカル私鉄です。SLパレオエクスプレスが走っていたり、武甲山から採掘される石灰石を運ぶ長大な貨物列車が頻繁に行き交っていたりと、首都圏からけっこう近い距離にありながら、非常に個性的で魅力あふれる路線です。

さて、今回惜しまれつつ引退した秩父鉄道1000系ですが、これはまったくのオリジナル車両というわけではありません。その正体は、かつて日本国有鉄道(国鉄)が誇った通勤型電車のパイオニア「101系」です。

101系は1957年(昭和32年)に登場した国鉄初の「新性能電車」です。カルダン駆動方式を採用し、それまでの重くてうるさい吊り掛け式電車とは一線を画す、画期的な車両だったそうです。

101系の歴史を振り返ると、日本の鉄道史そのものと言っても過言ではありません。それまでの国鉄電車といえば、暗い茶色(ぶどう色)が当たり前でしたが、101系は中央線に目にも鮮やかなオレンジ色(オレンジバーミリオン)をまとってデビューし、当時の人々の度肝を抜いたのではないでしょうか?

そんな高度経済成長期の東京を支えた101系も、後継車両の登場により徐々に第一線から退いていきます。しかし、1986年(昭和61年)ごろからおもに3両編成に組み直され、秩父鉄道へと譲渡されました。これが「秩父鉄道1000系」の始まりです。

秩父鉄道では独自のカラーリングで地元住民の足として活躍していましたが、晩年になるとファンサービスとして旧国鉄時代のカラー(オレンジ、スカイブルー、カナリアイエローなど)に復刻される編成が登場しました。

床下から響き渡るモーターの唸り音や、天井で首を振る扇風機といったレトロな車内設備は、昭和の通勤風景そのものでした。

オリジナルカラーと、最後まで残ったオレンジカラーです。

Image from Gyazo Image from Gyazo

各所で迷惑行為を繰り返す「撮り鉄」ではないので(そもそも“鉄”ですらない)、こんな写真しかありません。

ここで忘れてはならないのが、秩父鉄道が走るエリアの過酷さです。沿線には「あついぞ!熊谷!」で有名な熊谷市があり、日本で最も暑いところを走る鉄道といっても過言ではありません。それにもかかわらず、この1000系編成は、秩父鉄道のほかの多くの3両編成と同様に、なんと真ん中の中間車には冷房がなかったのです!! 猛暑日の車内はまさにサウナ状態でした。

そんな1000系も、老朽化には勝てませんでした。2014年3月23日のラストランをもって、ついにその長い歴史に幕を下ろすことになったのです。国鉄時代から数えれば、半世紀以上も走り続けた計算になります。本当にお疲れさまでした。

次に秩父を訪れるときは、新しい冷房の効いた電車に揺られながら、かつて汗だくになりながら乗った1000系が、力強く走っていた風景をぼんやりと思い出してみるのもいいかもしれませんね。

そうそう、秩父鉄道といえば忘れてはいけないのが、これ。

Image from Gyazo

思わず恐怖に駆られます(笑)

このブログの人気の投稿

「どこかにマイルのハズレ枠」が最高だった件〜温泉に入らない松山旅行のすゝめ〜

江戸の桜田 雪が降る (1860年)

VポイントPay

どこかにビューーン!で近場を引き当てた思い出 (2025年)

北信濃絶唱 ~昭和のうた~