今朝の国立・大学通り リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ - 4月 01, 2026 国立市にある大学通りです。 今朝、次の地点にある歩道橋から撮りました。 赤い三角屋根の駅舎が写っています……が、何かおかしくないですか? はい。20年前にこのブログを書いていれば、確かにタイトルのとおりでした。 というわけで、20年前の今朝の国立・大学通りでした。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ
「どこかにマイルのハズレ枠」が最高だった件〜温泉に入らない松山旅行のすゝめ〜 - 3月 01, 2026 日程:2026年2月26日(木) 〜 2月28日(土) JALの「どこかにマイル」(羽田⇔松山)、4つの候補の中で唯一、過去に行ったことのある松山が見事に当選しました(笑)。未踏の地を期待するシステムの性質上、ある意味で「ハズレ枠」を引いた気分です。松山といえば、約30年前の社員旅行で連れて行かれた記憶しかなく、どこに何があるのか印象もすっかりアイマイになっていました。というより、まったく覚えていない――と言った方が正確かもしれません。 しかし、自分の足で歩く現在の松山は、まったく別の街でした。今回の旅のルールは、松山=道後温泉のイメージを捨て、「温泉には入らない(道後は建物を見るだけ)」、「食べるために行列には並ばない(食事はサクッと。または部屋飲み)」、「荷物は最小限、お土産も無理に買わない」の3つ。早い話が、鉄道(伊予鉄)と歴史建築、そして「何もしない贅沢な時間」にフォーカスした、2泊3日の一人旅スタイルです。 【1日目】約30年のタイムスリップと「部屋飲み」の極意 宿泊先は大手町エリアの「ホテルマイステイズ松山」。ここのキャッスルビューの部屋が最高でした。 ホテルのすぐ近くには、全国でも希少な路面電車と郊外電車が直角に交差する 「ダイヤモンドクロス」 があります。鉄道ファンなら一度は訪れたい聖地。部屋から交差地点そのものは見えませんが、すぐ下から響いてくるガタンゴトンというジョイント音をBGMにするのは、かなりの贅沢です。 夕食は並ばずに、近くのセブンイレブンで調達したつまみと酒で。窓の向こうにはライトアップされた松山城が堂々と鎮座しています。名城を独り占めしながらの「キャッスルビュー部屋飲み」は極上です。 【2日目】雨を味方につける、名城・建築・鉄道巡り 2日目は雨予報。雨が本格化する前に、ロープウェイでサクッと松山城へ向かいます。現存12天守の風格と見ごろの梅を楽しみ、昨今ブームの「城カード」と「御城印」をきっちりゲットしました。 昼食はアーケード街「大街道」で、もちろん並ばずにサクッと済ませます。その後は雨に濡れない 「坂の上の雲ミュージアム」 (安藤忠雄建築)と洋館「萬翠荘」を見学。 午後は伊予鉄の郊外電車に揺られ、海沿いの 「梅津寺(ばいしんじ)駅」 へ向かいました。ここはちょうど約30年前の大ヒットドラマ『東京ラブス... Read more »
どこかにビューーン!で近場を引き当てた思い出 (2025年) - 3月 22, 2026 JR東日本のポイント(JRE POINT)で新幹線に乗れる 「どこかにビューーン!」 、みなさんは試したことありますか? 4つの候補駅からランダムで1つが選ばれるという、水曜どうでしょうのサイコロの旅みたいなワクワク感があるサービスです。 4月に、このサービスを使って八戸まで行きます。4つのうち最遠の駅が当たりました。 このサービスを使うのは今回で2回目なのですが、この記事では初めて利用した前回(2025年5月)の旅を振り返ってみようと思います。当時の候補は、佐久平駅、大曲駅、水沢江刺駅、越後湯沢駅の4つ。心の中では「大曲か水沢江刺あたりで遠出したいなあ……」と期待していたのですが、結果は 佐久平駅 。4つの中で最も東京から近く、ぶっちゃけ、けっこうハズレ感がありました。まあ、移動が楽だからよしとしましょう。 第1日: 小諸城と絶品そば 2025年5月15日。さっそく新幹線に乗り込みます。車内はうわさどおり外国人乗客が多く、インバウンドの熱気を肌で感じました。その大半は軽井沢で降りていきました。 佐久平駅に到着後に向かったのは 小諸城 。 「小諸なる古城のほとり」といえば一般的には島崎藤村を思い起こすでしょうが、私の場合は岡本敦郎さんの名曲「小諸なる古城のほとり」が思い浮かびます。もちろん島崎藤村の詩に曲をつけたものなので、無関係ではありませんが。 そんなわけで名前だけは前から知っていましたが、まさか自分が実際に来ることになるとは思っていませんでした。ここで思いがけず「お城カード(日本100名城カード)」なるものの存在を知り、記念すべき1枚目をゲット。こういう収集要素って、旅行のモチベーションになりますよね。城内のそば屋で食べたおそばも、信州の空気のせいか絶品でした。 ちなみに、小諸駅にはしなの鉄道の115系車両(横須賀線色)が停車していました。 この日の宿は、佐久平駅から少し離れた小海線の中込駅から徒歩10分ほどの「佐久グランドホテル」。建物は少々古めかしいですが、窓から見下ろす千曲川の眺めは最高! ゆったりとした時間が流れていました。 第2日: 慌てて飛び乗った小海線と、熱狂のMリーグ 翌日はホテルで朝はゆっくり……するつもりだったのですが、ふと小海線の時刻表を調べて血の気が引きました。野辺山まで行ける列車の本数が、まったくといってい... Read more »
江戸の桜田 雪が降る (1860年) - 3月 03, 2026 万延元年三月三日の上巳の節句、早い話がひな祭り、頃は五ツ半時(午前9時ごろ)、あかりをつけましょ ぼんぼりに――ではなくて、総勢60余人からなる大老 井伊掃部頭直弼 の行列が桜田門外にさしかかったとき、お花をあげましょ 桃の花――でもなくて、18人の水戸浪士らが行列に襲いかかり、五人ばやしの 笛太鼓――いいかげんシツコいですが、早い話が大老を暗殺しました。世にいう 桜田門外の変 です。 赤穂浪士 の討ち入りや 二・二六事件 の襲撃のときは実際には雪は降っていなかったのですが、このときは実際に雪が降っていました。と、見てきたようなことをいう(笑) 60余人ものお供の者がついていながら、大老をむざむざ討ち取られてしまったのは、すべてが戦闘員というわけではなかったこともあるでしょう。 しかし、もっとも大きな理由は、この日は朝から雪が降っていたため、雪水がしみるのを防ぐために刀に「柄袋(つかぶくろ)」をつけていたことだといわれています。これでは刀をなかなか抜くことができません。 さらには、テロ集団がまさか白昼堂々と襲ってくることはないだろうという、油断というより固定観念のようなものがあったのかもしれません。 万延元年三月三日は今の暦では1860年3月24日にあたります。晩雪ではありますが、現在の平年値でも東京の終雪は3月9日、3月の降雪日数は1.4日ですから、とくに珍しい現象というほどではありません。ちなみに3月の最深積雪は1969年に記録した30cmです。 なお、藤原ハカセによると、この日赤い雪が降ったといって江戸の人は騒いだそうです。(1925年1月31日付東京朝日) 井伊掃部頭が桜田門外で暗殺された時にも赤い雪が降つたと云つて江戸人が騒いださうだ 桜田門外の変のあと、文久二年正月十五日に老中・安藤信正がやはり水戸浪士らに襲われる 坂下門外の変 が起こりました。 このときは老中側のテロ対策が抜かりなかった……というよりも、襲撃側の計画がかなりズサンだったらしく、老中は軽傷を負っただけで、襲撃側が全滅しました。 この日は現在の暦では1862年2月1日にあたり、「時期から見て雪が降っていたかも……」と思ったのですが、どうやら雪が降っていたという記録はないようです。 これは今の桜田門。“内堀ランナー”の通り道になっています。 ちなみに、筆者は桜田門と... Read more »
史上初の女性将棋プロ棋士誕生 (1991年) - 3月 18, 2026 1991年3月18日17時3分、森山(旧姓野田)香子三段が三段リーグ最終戦で雨宮秋彦三段を破り、女性として初めて四段昇段を決めました。 もちろん実話ではなく、ドラマ「 ふたりっ子 」での話です。 「ふたりっ子」は1996年10月7日~1997年4月5日に放送されたNHK連続テレビ小説、早い話がNHK朝ドラです。いろんな要素がありますが、メインはダブルヒロインのひとり、野田香子が将棋のプロ棋士を目指す――というストーリーです。 上図は、先手雨宮三段の▲8六飛まで。控え室で観戦していた香子の師匠・米原公紀永世名人でさえ「ありませんな」とさじを投げた局面です。同室に待機していた記者たちは「森山投了や~!!」と駆け出していきます。 だがしかし、そこはドラマ。緊迫感をあおるBGM「メイン・テーマ・ふたりっ子」とともにおもむろに放った香子の一手は誰の読みにもなかった △8一玉 。米原「ありましたな」 このあと、▲6一と △7二金 ▲8三銀 △8五歩 ▲7四金 △8三金 ▲同金 △3九銀のように進んだところで先手雨宮三段が投了、史上初の女性プロ棋士誕生となります。1991年3月18日17時3分、移動性高気圧におおわれたおだやかな夕方のことでした。 ところでこの場面、ノベライズ版では時刻がなぜか18時28分になっています。非常に気になったので以前理由を考えたことがあります。↓にも書きました(笑) http://www.notenki.net/labo/hutarikkoold.html これは日没時刻に関係があります。当時の関西将棋会館の緯度・経度を使って計算すると、1991年3月18日の日没時刻は18時08分となります(上のリンク先を書いたときは特定の場所の緯度・経度は簡単にはわからなかったのですが、今はネットで公開されている地図からすぐわかります。いい時代になりました(笑))。第89回の放送では、香子が雨宮を破ったときにはまだ西日が残っています。だから時刻を変えたのだと思います。17時03分というのはもしかするとこの場面を収録した時刻なのかもしれません。 さて、「8一玉」といえば、1972年の第31期名人戦七番勝負第2局での中原誠十段-大山康晴名人戦が有名です。 下図は111手目、先手中原の▲7三飛までの局面。 ▲7三飛と王手した時点で、控室は中原... Read more »
おかわりの「どこかにマイル」で熊本へ (2025年7月) - 4月 12, 2026 まずはお詫びポスト(旧ツイート)から。 熊本地震のとき,申し訳ないけど「益城町」を知らなくて「まつしまし」と聞こえて,どうして「松島市」? と思ったものだった。 そのときはまさか益城町に来ることになるとは思っていなかった — やぎにょん ( @yaginyone_jnr ) July 10, 2025 去年の4月、ちょうど今ごろ、「どこかにマイル」で高松に行ったのが楽しくて、JALマイルが残っていることもあり、7月におかわりでどこかにマイルに行きたくなりました 1 。 候補に選んだのは「熊本」「北九州」「高知」「大分」。それまで九州には行ったことがなかったので九州のどこかに行きたいなあ……と思いつつ、四国で唯一行ったことのなかった高知にも行ってみたいなあ……と、要するにどこが当たってもいい状態でした(笑) そして引き当てたのは「熊本」。 真っ先に浮かんだのは熊本城――ではなく、熊本大洋デパート――でもなく、私の父方の祖先が熊本の出身だということでした。 とりあえず市内のホテルを予約して簡単なスケジュールを考えます。2日目の天気によっては祖父の出身地に行ってみようかとも考えていました。とはいっても、仮に天気がよかったとしても7月の蒸し暑い時期、熊本市内からは片道1時間半から2時間かかり、しかも少なくとも30分程度は徒歩移動というかなりの強行軍が予想されました。 第1日目:予期せぬ「益城町」との遭遇 とくにトラブルもなく、阿蘇くまもと空港に到着。 ここからバスで熊本市内に移動するわけですが、そういえば、熊本のバスでは全国共通交通系ICカードが使えなくなるという情報を前年(2024年)の9月ごろ聞いていました。そのときはまさか翌年に熊本に来ることになるとは思ってもみませんでした。 そしてバスの車窓から標識の「益城町」という地名を見て、最初に紹介したポスト(旧ツイート)になるわけです。 ホテルは熊本城が見える部屋を予約しました。 明日の天気は朝のうちは雨で、のちに回復するという予報でしたが、はたして……。 第2日目:雨の熊本城と、生々しい震災の爪痕 予報どおり、朝のうちは雨が降っていました。 ホテルの部屋でしばらくボーッとしていましたが、 止みそうになかったので、小降りになったタイミングを見て、外に出かけました。ご先祖さまの地を訪... Read more »