6月台風アラカルト

台風6号チャンミーさんが接近中です。

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「全般気象解説情報(台風第6号) 第12号」 (2026年06月02日11時14分 気象庁発表)より

(見出し)
台風第6号は2日夜にかけて、奄美地方から九州南部にかなり接近して進む見込みです。3日には西日本から東日本の太平洋側にかなり接近するおそれがあります。西日本では2日から3日にかけて、東日本太平洋側では3日は、土砂災害、低い土地の浸水、河川の増水や氾濫、うねりを伴う高波に厳重に警戒し、暴風に警戒してください。九州南部と四国地方では3日にかけて、線状降水帯が発生して大雨災害発生の危険度が急激に高まる可能性があります。

6月の上陸台風はとくに珍しくありません。1951年以降では11個あります。中でも2012年の4号は記憶に新しいところです。

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この台風が接近していたとき、

九州から東海地方にかけて大雨を降らせ、死2、不明3、負傷者116人の被害

などと話題になったのが2004年の6号です。実際にはすべての死者・行方不明者は雨とはまったく関係なく高波見物や釣りに行って波にさらわれた連中でした。詳しくは楽しい?!高波見物 (2004年) | Notenki Express 2014をご覧ください。

また、この台風ではなんといっても次の珍事を無視するわけにはいかないでしょう。

二十一日午後一時十分ごろ、近江八幡市西生来町で、ホテルの屋根が台風6号の強風に吹き飛ばされ、すぐ前の国道8号を越えて、約三十メートル離れた東海道新幹線の架線上に落下、電線四本を切断した。当時、新幹線は岐阜羽島-京都間で運行を見合わせていたため、惨事にはならなかった。

JR東海がクレーン車で屋根の撤去作業を続け、午後八時十分、約七時間ぶりに運転を再開したが、列車は運休が相次ぎダイヤは混乱した。

滋賀県警などによると、屋根は幅十メートル、長さ約四十メートルのトタン板製。ホテルは今年四月に改装オープンしたばかりで、トタン屋根は今年一月、雨漏り防止と断熱目的で従来の屋根を補強するため設置したという。

屋根は、高さ約二十メートルの位置にあり、強風にあおられ約四十メートルまで舞い上がった。架線に落下した際、トタン板の中央部分が折れ曲がって「く」の字型になり、架線全体をまたいだ状態になった。

ホテルの店長(五四)は「こんなことになるなんて、信じられない」と肩を落としていた。

(2004年6月22日付京都新聞朝刊)

記事にはホテルとしかありませんが、もちろんラブホテルです。屋根が飛んだときに客がいたかどうかは分かりません。このホテル、名前は変わっていますが今も営業しているようです。

2002年W杯の最中、台風4号が北上してきました。そして

台風第4号の中心は、11日12時前に、高知県東部(安芸市付近)に上陸しました。

といったんは発表されました。

ところが7月2日、W杯の終了を待っていたかのように(?)、気象庁から次のような報道発表がありました。

台風第4号の上陸について

気象庁は、台風第4号が本年6月11日に高知県東部(安芸市付近)に上陸したと 発表しました。しかし、その後の各種気象資料による詳細な解析の結果、この台風は 上陸前にすでに勢力が熱帯低気圧に弱まっていたことが判明しましたのでお知らせします。この結果、台風第4号は「日本本土への上陸台風」ではなくなりました。

詳しくはまぼろしのワールドカップ台風上陸 (2002年) | Notenki Express 2014をご覧ください。

1951年以降の最初の6月上陸台風は1952年のダイナ台風です。

となりのトトロの次のシーン(セリフ)を覚えていませんか?

お父さん「電車が遅れてね、バスに間に合わなかったんだ」

お父さんの乗った電車が遅れたおかげでサツキとメイはトトロに会うことができたわけですが(メイは再会)、その原因をつくったのがダイナ台風なのです。詳しくはサツキとメイ,トトロに会う (1952年?) | Notenki Express 2014をご覧ください。

1950年以前にも6月に上陸した台風(颱風)があります。私が調べた範囲では16個あります(明治以降)。古くは1877年に記録があります。

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